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叔父さんとの、もう一つの話(長文注意)

2008年07月12日
前回の日記で、カミさんの叔父さんに関わる話を書いたのですが、今まで暖めて続けていたもう一つの話を披露したいと思います。



私がカミさんと結婚した当初、カミさんのお祖父さんとお祖母さんはご尊命だった。早くに祖父母を亡くした私にとって、義理ではあるけれど自分の祖父母が出来た、という事はとても嬉しいことだった。

ただ、お祖母さんについては、叔父さんと同じく長い間腎臓病を患っており、叔父さんと共に毎週3日の透析が欠かせなかった。
病院の送り迎えはカミさんの親父さんがしていたのだが、私の仕事が休みで、親父さんが忙しい時は、時々私が運転手役を代わりに買って出た。理由は簡単。ただそういう事をしたかったから。
もしかしたら、自分が祖父母に出来なかった無念さというか気持ちをそこにぶつけていた、という表現が適切かもしれない。

しかし、とても残念ながら、11年前の8月、お祖母さんは、長い闘病生活の末、天に召されていった。
その時私も、会社の仕事をうっちゃって、お祖母さんの臨終の場に立ち会った。とても安らかな顔だった。


それから数日後の告別式の日、私は親父さんに呼び出され、

「この日は、マモちゃん(=叔父さんの愛称)の透析の日なんだ。今朝、病院へ送ってきたが、迎えの時間は丁度お祖母ちゃんを荼毘にふす時間と重なっているんだ。悪いけど、病院迎えは行ってくれないだろうか?お骨拾えなくて本当に申し訳ないけれど、他に頼める人がいないんだ」
そして、
「透析はかなり体力を使うから、病院からマモちゃんを迎えに行ったら、ウチ(=カミさんの実家)まで連れて行って、空調を掛けた後に、ベッドに寝かせて休ませて欲しい。それが終わったらまた葬儀場に戻ってきて」
と頭を下げられた。
私は、二つ返事で、「良いですよ、私が迎えに行きます!」と言った。

それは、お祖母ちゃんのお骨が拾えないという事は寂しくないわけではなかったが、親父さんの申し訳なさそうな表情に、是非ともこの使命を果たしたい!と心から思ったのだ。
そして、叔父さんのいる病院へ。やはり透析後でとても疲れきっている表情だった。

「サア、ウチへ帰りましょう」
と私は叔父さんを抱えて、車の助手席に乗せた。そしてそのままカミさんの実家へ。

到着し、叔父さんの部屋へ連れて行き、
「お疲れでしたね。さあ休みましょう。この寝巻きに着替え・・・」
といい終わらないうちに、叔父さんは、なんと、

「葬儀場へ連れてってくれ!」と言い出したのだ。
えっ、私は耳を疑った。だって車の中であんなに疲れきっていたのに・・・

「本当に、本当に行くの?本当ですか??」 私は何度も聞きかえした。
叔父さんは首を縦に振るばかり。


『自分の母親の葬儀に行きたいという気持ちを、誰が引き止められようか・・・!!』


私は、親父さんに怒られるのを覚悟で、
「分かりました。マモちゃん、礼服とかはどこにあります?」
と聞いた。

叔父さんは、箪笥の中から礼服とワイシャツと黒ネクタイを取り出すところまでは出来たが、体が思うように動かず、全く着替える事が出来なかったのだ。
私は叔父さんのワイシャツを着せ、ネクタイも礼服も着せた。そして15分くらいかかって、やっと支度が終わった。

「サァ、行きましょう!」
私は叔父さんを抱えて、車に乗せ、急いで葬儀場へ向かった。


葬儀場へ到着した。もう既にお骨拾いも終わっており、参列者も帰りかかっていた頃だった。
私は叔父さんを車から抱えて降ろそうとしようとした時、なんと、叔父さんは自力でスっと車から降り、そのまま参列者のいる方へスタスタと歩いていき、
「本日はお忙しい中良く来てくださいました」
と挨拶回りしていたのである。
その振る舞いは、とても透析で疲れきっているというのを微塵にも見せないものだった。
私はビックリするやら、感動するやら、なんとも言えない気持ちで一杯になっていた。

その後すぐ、私は親父さんに
「勝手に連れてきてしまい、申し訳ありませんでした。でもこのマモちゃんが行きたいって言ったのです。この気持ち、誰にも止められないですよ」
と言った。

親父さんは、目を真っ赤にしながら、ただただ黙って頷くだけだった。



現在、叔父さんがいた部屋は、甥っ子の遊び部屋&寝室になっている。
随分と部屋の雰囲気や風貌は変わってしまったが、私はあの部屋に入ると、あの時の記憶が昨日の事のようによみがえり、胸が熱くなるのである。
日常 | コメント(2) | トラックバック(0)
コメント
今回も何度か読み返してたのですがコメントがなかなか書けなくて

 体が弱っていても、時には、もうすぐ死んじゃうと解っていても、人の心配ややるべき事をやろうとする人って居るんですよね。
 私は、そんなに無理しなくてイイと思うんですよ、もっと我侭でいいと

 私に、そんな生き方が出来るかな?と考えた時、そんなに強くはないから、大騒ぎしそうと思いました。
gさま、コメントありがとうございます。
何度も読み返していただいてありがとうございます。

葬儀に行きたい!の一言は、叔父さんの「我侭」だったんじゃないかと
今振り返るとそう思います。
たぶん、親父さんからは、「家で大人しく待ってろよ」と言われていた筈ですから。

gさまは私から言わせれば充分強い人だと思います。
ただ余り無茶やムリはしないようにね。(笑)

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